2009年3月14日土曜日

残業代請求

今回は、サービス残業の残業代請求に関する判例を紹介いたします(つづき)。 


(3)原告の勤務実態について
ア 証拠(略)によれば、原告の勤務実態について以下の事実が認められる。
 被告の業務は、そのほとんどが松下電器産業株式会社(以下「松下電器」という)の発注する広告制作であった。
 通常の広告制作においては、コピーやデザインの制作会社は、広告代理店と連絡を取り合い、その了解の下に作業を進めていけば足りるところ、松下電器の広告制作は、広告代理店のほか松下電器の両方と連絡を取り合い、その了解を得て作業を進めるという点で独特の進行形式をとっており、その手続のために通常よりも時間を要した。
 松下電器は、広告代理店に広告制作を依頼し、広告代理店が被告に下請けを発注する。広告代理店のコピーライターが被告のコピーライターに電話で連絡し、その日のうちに広告代理店のコピーライターが打合せのために、来社する。その時までに被告のコピーライターは、各種リサーチや資料収集を書店やインターネットで行い、広告代理店のコピーライターが来社し、説明を開始したときから、すぐにたたき台となる下案作成を開始し、それをもとにして広告代理店のコピーライターが体裁を整えて広告文を完成させる。
 他方、ビジュアルと称される絵柄は、デザイナーが作成し、これに上記広告文を貼り込んで原稿が完成する。同原稿に広告文が正しく反映されているかを被告のコピーライターが最終的にチェックする。そのほかにも、商品のスペックに関する記載や注記など正確性を要求される部分のチェックもコピーライターの仕事であった。
 以上の過程において、当初のリサーチ開始から広告文が完成するまでに数日間かかり、その広告文が貼り込まれたデザイン制作が完成するまでにも数日間かかる。その数日間の間にも、書き直し、推敲、校正の作業が毎日発生し、その間はほとんど深夜や徹夜の作業に追われる。
 被告のコピーライターは、デザイナーが作業をする大元のリサーチや資料作成及び最終的なデザイン原稿完成品のチェックまでを行うため、その間終始待機する必要があり、拘束時間は非常に長く、アートディレクターやデザイナーに比較してもその拘束時間は長かった。
 原告の在社中は、ハードディスクレコーダーがブームとなる時期であり、松下電器は、「ディーガ」と称するハードディスクレコーダーの売込みに非常に力を入れていたため、特に多忙であった。被告が受注した広告媒体は、店頭や駅に貼る大型ポスター、雑誌広告、新聞広告のほか、店頭に陳列するための棚のデザイン、商品のパッケージのデザイン等同商品の印刷物に関するありとあらゆるものに及んだ。
 当時は、デザイナーがデザイン制作の前段階の資料集めや機種の詳細な仕様などについてチェックすることができなかったため、これらはすべてコピーライターの仕事となり、原告は、例えば雑誌や他社のカタログを収集して性能の比較や、実際に家電量販店に赴いて販売担当者の意見を聴いたりして徹底的に調査する必要があった。これは、原告が独自に必要と判断したものもあったが、松下電器の担当者から求められてのものもあった。
 デザイナーとコピーライターは、このように絵柄を作りながら原稿のチェックをするという仕事の仕方をしていたため、いずれかの仕事が先に終わるということは基本的にはなかった。
 上記のように深夜や徹夜での作業が多いため、その翌日の出社は、本来の勤務時間にかかわりなく、同日の打合せ等に支障がない限り一〇時を過ぎて出社することが認められていたが、あるとき、被告代表者のみが出社していた時間帯に依頼者からの問い合わせがあり、被告代表者がこれに対応できなかったことから、遅くとも一〇時までに出社することとされた。
 以上のとおり認められる。
イ 以上を総合すると、作業の合間に生ずる空き時間は、広告代理店の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない時間であると認められ、広告代理店の指示に従うことは被告の業務命令でもあると解されるから、その間は被告の指揮監督下にあると認めるのが相当であり、労働時間に含まれると認められる。
ウ これに対し、被告は、原告には、コピーライターとしての仕事の内容から、コピーの制作が期限までに完成すれば原告の裁量により自由に勤務してよいこと、余裕があるときは一八時半ころに帰ってもよいし、担当するコピー制作の仕事が終われば自由に休憩したり、事務所にいなくてもよいし、自主的な勉強や私的なことに時間を使ってもよいこと等を説明し、実際にも原告は、勤務時間中ずっと仕事をするという状況にはなく、食事休憩の一時間以外にも一日少なくとも二、三時間は自由に休憩したり、パソコンやインターネットで遊んだり、ネットオークションを検索したり、または社外に出て本屋に行ったり散策するなど私的なことに時間を費やしていたと主張し、被告代表者はこれに沿う供述をする。
 しかし、そのような説明をしたことを裏付けるに足りる証拠はなく、被告代表者の供述のみでは同事実は認めるには足りない。また、その点はおくとしても、前記認定事実によれば、作業と作業の合間に一見すると空き時間のようなものがあるとしても、その間に次の作業に備えて調査をしたり、次の作業に備えて待機していたことが認められるのであり、なお、被告の指揮監督の下にあるといえるから、そのような空き時間も労働時間と認めるべきである。したがって、そのような時間を利用して原告がパソコンで遊んだりしていたとしても、これを休憩と認めるのは相当ではない。
 次に、被告代表者は、被告が原告の勤務時間について具体的な指示をすることはなく、原告は自己の裁量により勤務時間を管理することができ、原告が制作の作業に最後まで付き合う必要はなかったと供述する。確かに、被告が原告の勤務時間について具体的な指示をすることはなかったことはそのとおりであろう。しかし、依頼者である広告代理店の指示に従うことが被告の業務命令の内容であると解されるから、広告代理店の指示が上記のような業務を求めるのであれば、それに従うことが被告の業務命令でもあるのであって、そのような実態がありながら、自己の裁量によって管理することができたなどというのは言い訳にすぎない。
 また、被告代表者は、アートディレクターやデザイナーに比してコピーライターは、最後まで付き合う必要はなかったと供述するが、この点に関する原告本人の供述には説得力があるのに対し、被告代表者は二〇時ころには帰っていたというのであり(被告代表者の尋問調書二六頁)、業務の実態について正確な認識を持っていたのか疑わしいことにも照らすと,被告代表者の供述は採用することができない。
(4)原告の時間外勤務(残業)時間について
 以上の認定を前提にすれば、原告の時間外勤務(残業)時間については、タイムカードの記載のとおりであり、別紙四の一ないし二一(略)のとおりと認めるのが相当である(別紙四の一ないし二一(略)は基本的には別紙二の一ないし二一(略)と同一であるが、別紙二(略)と書証との間に齟齬がある箇所が若干あり、このうち、書証によれば労働時間が短くなる部分については書証記載の時刻を記載し(別紙四(略)に(赤色)で示した部分)、書証によれば労働時間が長くなる部分については別紙二(略)の時刻の範囲で請求しているものとして、別紙二(略)の時刻を記載した(別紙四(略)に(黄色)で示した部分))
。なお、同別紙(略)の「退勤」欄に「三四:〇〇」とあるのは、対応するタイムカードに「居続け」(平成一六年二月二七日(書証略))、「泊」「通し」(平成一六年四月五日(書証略))などの記載があることから、社内にとどまって仕事をしたものと認めた。また、土曜日曜以外の祝日については、法定休日ではなく、かつ週四〇時間の範囲内であるから、平日と同様、出勤時刻の八時間三〇分後を所定労働時間終了時刻として、時間外勤務(残業)時間を計算した(これによる別紙二(略)との差異についても別紙四(略)に(赤色)で示した)。 
 被告は、〔1〕昼食休憩以外に休憩時間として二時間、〔2〕二四時以降勤務した場合には夜食休憩時間として一時間、〔3〕二七時以降勤務した場合には仮眠休憩時間として一時間をそれぞれ差し引く必要があり、〔4〕二九時以降は仮眠などに費やされていたから、勤務時間に算入すべきでないと主張するが、原告の勤務実態が上記認定のとおりであり、被告の主張するような休憩をとっていたような実態にはなかった以上、上記主張は採用することができない。
3 時間単価について
 上記の判断を前提にすると、時間単価については、以下の算式のとおり、平成一五年七月から平成一六年五月までは二八一二円、平成一六年六月から平成一七年八月までは三四三七円とするのが相当である(一円未満切捨て。なお、時間単価を算定する際の所定労働時間数は、月によって所定労働時間数が異なる場合には、一年間における一月平均所定労働時間数を用いるべきところ(労基法施行規則一九条一項四号)、その一年間とは当該月の属する年の一月から一二月までと解するのが相当であり、それを前提に計算すると、別紙五(略)記載のとおり平成一五年、平成一六年及び平成一七年のいずれも二〇日となる(小数点以下切り捨て))。
四五〇、〇〇〇円÷(二〇日×八時間)=二八一二円
五五〇、〇〇〇円÷(二〇日×八時間)=三四三七円
4 時間外、休日及び深夜の割増賃金(残業代)の額について
 以上を前提に、原告の時間外、休日及び深夜の割増賃金(残業代)の額を算定すると、別紙六(略)「残業賃金合計額」欄記載のとおり九九〇万五六九七円となり、既払い金八二万二九九八円を控除すると、同別紙(略)「未払金額」欄記載のとおり九〇八万二六九九円となる。

 なお、書証(略)によれば、平成一七年二月一〇日、被告は、従業員の過半数を代表する者との間で、時間外労働(残業)及び休日労働に関する協定を締結(労基署への届出は同年三月九日)したことが認められるが、同協定自体は時間外及び休日の割増賃金(残業代)の支払義務を免除するものではなく、他方、被告が給与明細書に記載した業務手当、深夜手当をもって時間外及び深夜の割増賃金(残業代)と認めることはできないことは前記1(2)に説示したとおりであるから、同協定の存在は原告の時間外割増賃金(残業代)の額を左右しない。
 また、被告は、休日の割増賃金(残業代)について、四週四休の法定休日を取れなかった場合のみ三五パーセントの割増賃金(残業代)の支給対象とし、それ以外の休日については通常の時間外勤務(残業)として扱うべきであると主張する。同主張は、労基法三五条二項の適用を求めるものと解されるが、同項の制度を採用する際には、同法施行規則一二条の二第二項に基づき就業規則その他これに準ずるものにおいて、四日以上の休日を与えることとする四週間の起算日を明らかにする必要があるところ、この点については何らの主張も立証もないから、上記主張は採用することができない。
5 管理監督者性の有無について
 なお、被告は、平成一七年二月以降は原告を管理職として登用し、以後時間外勤務(残業)手当(残業代)の支給対象ではなくなったとの主張をするので検討するに、上記認定事実に照らしても、原告の勤務実態が同時期の前後を通じて変化した形跡はうかがわれず、原告が労基法上の管理監督者(四一条三号)に当たると認めることはできない。ただし、同月以降支給されている役職手当(毎月三万円)については、時間外勤務(残業)手当(残業代)の一部として未払分から控除するのが相当である(上記4では既に控除して計算してある)。
6 付加金について
 上記認定にかかる原告の時間外勤務(残業)の実態に加え、証拠により認められる、同実態について原告をはじめとする従業員から被告に対して時間外勤務(残業)手当(残業代)の支給及び人員不足の改善についての申入れがされていたにもかかわらず、ごく少額の休日手当等を支払ったことがあるだけで、被告がそのいずれにも応じてこなかったこと(証拠略)、他方、労働基準監督署の是正勧告を受けた後は時間外勤務(残業)についての届出をするとともに(上記4)、時間外勤務(残業)手当(残業代)の支給についての是正が図られるに至ったこと(上記1(2))等の事情に照らすと、労基法一一四条に基づく付加金として、五〇〇万円の支払を命ずるのが相当である。

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